「結局、自分でやったほうが早いんですよね」
小さな会社の社長さんから、本当によくお聞きする言葉です。そして——これは、たいてい事実です。
十年やってきた人と、入って半年の人。同じ仕事をすれば、速さも質も違って当たり前です。説明する時間を考えれば、自分でやったほうが今日は早く終わります。
正しいからこそ、抜けられない。ここがこの問題の厄介なところです。
抜けられない、3つの理由
- 実際に、自分のほうが速い 気のせいではありません。短期的には、必ず自分でやったほうが早く終わります
- 教える時間が、今ない 忙しいから任せたいのに、任せるには時間が要る。この順番が逆転しています
- 失敗の責任を、自分が負う お客様に迷惑がかかったら、謝るのは社長です。だから手放すのが怖い
どれも、まっとうな理由です。気合いや意識の問題ではありません。
でも、その先に何が起きるか
問題は、この状態が続いた先です。
すべての仕事が社長を通るので、社長が止まると全部止まる。人を採っても、任せる仕事がないので育たない。育たないから、また自分でやる。
そして何より、社長が休めません。倒れたら終わる会社になってしまいます。
「人が採れない」とお困りの会社も、よく見ると採用の前に、渡せる形になっていないことがあります。採れても、渡すものがないのです。
手放す順番を、間違えないこと
よくある失敗は、いきなり難しい仕事を渡してしまうことです。「これができるようになってほしい」と期待して渡し、うまくいかず、「やっぱり自分でやろう」に戻る。
順番があります。
①から始めます。入力、整理、定型の連絡。つまらない仕事に見えますが、ここを渡すだけで社長の時間は目に見えて空きます。何より、失敗しても大きな傷にならないのが大事です。
②は、基準を言葉にできたものから。「この条件なら受ける」「この金額を超えたら相談」——言葉にできた分だけ、渡せます。言葉にできないうちは、まだ渡せません。
③は、いちばん最後です。そして、全部は渡しません。最終的な判断は、社長が持ち続けていいと思います。
渡すときの、4つの原則
- 「やり方」ではなく「できあがり」を渡す 手順を細かく指示すると、指示待ちになります。「何がどうなっていれば完成か」を伝えるほうが、人は考えます
- 60点で受け取る 100点を求めると、結局自分で直すことになります。60点を70点に育てるのが、任せるということです
- 直すのではなく、直し方を言う 黙って手直しすると、本人は何が悪かったか分かりません。次も同じものが出てきます
- 最初の3回は、時間がかかる前提で予定を取る ここを見込んでいないと、必ず「やっぱり自分で」に戻ります
「自分でやったほうが早い」が、正しい場面もあります
何でも手放せばいい、という話ではありません。次の場合は、社長がやるほうが合理的です。
- 一度きりで、二度と発生しない仕事 教えるコストが回収できません
- 今日中に終わらせないといけない、緊急のもの
- 社長にしかできない判断・関係性が絡むもの 長いお付き合いの顧客との交渉など
見分け方は簡単です。「これ、来月もまた発生するか?」と自分に聞いてみる。繰り返すものなら、渡す価値があります。
AIは、「任せる練習」になります
ここからは、私たちがふだん見ている立場からの話です。
AIに仕事を頼む作業は、人に任せる作業とまったく同じ構造をしています。
- 完成イメージを、言葉にして伝える
- 合格ラインを決める
- 上がってきたものを見て、直し方を伝える
つまり、AIに任せるのが下手な人は、人に任せるのも下手です。逆もまた同じで——ここが面白いところですが——AIで練習すると、人への任せ方もうまくなります。
AIには、大きな利点があります。何度やり直させても、気を悪くしません。深夜でも構いません。「伝え方が下手でも、相手が傷つかない」——練習相手として、これ以上の条件はないと思います。
そして現実的な効果として、①の「判断の要らない作業」は、人を雇わなくてもAIに渡せます。社長の時間が空けば、②③を人に渡す余裕が生まれます。
一人で事業をされている方なら、話はもっと単純です。渡す相手がいないなら、最初の相手はAIです。
おわりに
「自分でやったほうが早い」は、今日の話としては正しい。でも、来年の話としては間違っています。
渡すのに時間がかかるのは、投資だからです。今日は損をして、半年後に返ってくる。その半年を踏み出せるかどうかだけだと思っています。
まずは、来月も必ず発生する、判断の要らない仕事を1つ。そこから始めてみてください。
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