日本で、いちばん言われたくない言葉

「自分本位」
「自分勝手」
「わがまま」

日本で育った人にとって、これは最上級の悪口だと思います。子どもの頃から、それだけは言われないように生きてきました。

人に迷惑をかけない。空気を読む。自分のことは、後回しにする。そうしていれば、少なくとも責められることはなかった。

ところが、逆のことを言っている人がいました

コーチングという仕事を世界に広めた人に、トマス・J・レナードという人がいます。コーチ養成機関「コーチU」をつくり、国際コーチ連盟(ICF)を設立した人です。それまで曖昧だった「コーチング」を、職業として成立させた人物だと言われています。

その人の代表的な本のタイトルが、これです。

『SELFISH(セルフィッシュ)』
——自分本位。

日本人がいちばん避けようとする言葉が、そのまま本のタイトルになっています。最初に知ったとき、正直、引っかかりました。でも読んでみると、思っていたのと全然違いました。

レナードの言う「自分本位」

彼が言っているのは、こういうことです。

まず、自分のニーズを100%満たす。
そして、溢れた分を人に与える。

順番が、決まっているんです。よく使われるたとえが、シャンパンタワーです。

いちばん上のグラスが満たされて、はじめて、下の段に流れていく。上のグラスが空のまま、下に注ごうとしても、何も届きません。自分が空っぽの人は、人に与えられない。そう言い切っています。

なぜ「我慢」が、人の魅力を奪うのか

レナードの考え方で、いちばん腑に落ちたのがここでした。彼は、こういうものをエネルギーの漏れと呼びます。

これらが、その人の力を静かに削いでいく。そして、漏れている人は、魅力的に見えません。理由は、簡単だと思うんです。

我慢している人は、どこかで請求書を出すからです。

「こんなにやってあげたのに」「私は我慢しているのに」——本人は口に出さないつもりでも、それは表情や、ちょっとした言い方に出ます。受け取る側は、それを感じ取ります。だから、近づきたくなくなる。

我慢は、美徳ではなく、漏れなんですね。

「追う」のをやめて、「惹きつける」

もうひとつ、面白い考え方があります。レナードは、成功のしかたを二つに分けています。

そして、彼が勧めるのは後者です。言い換えると、こうなります。

Push(押す)ではなく、Pull(引く)。

私は、ここがこの本のすべてだと思っています。

PushとPullは、何が違うのか

Pushは、自分から外へ出ていく力です。売り込む。説得する。アピールする。追いかける。足りない分を、気合いで埋める。

Pullは、向こうから来る力です。自分の状態を整えておく。そうすると、人もチャンスも、勝手に寄ってくる。

この二つには、決定的な差があります。

Pushは、抵抗を生みます。人は、押されると下がるからです。必死に売り込まれると、買いたくなくなる。熱心に追いかけられると、一歩引きたくなる。力を入れれば入れるほど、相手との距離は開いていきます。

Pullには、抵抗が生まれません。相手が自分の意思で近づいてくるからです。押されていないので、誰も身構えない。

そして、Pushは止まります

もうひとつ、大きな違いがあります。

Pushは、止めた瞬間に止まります。押し続けないと、進まない。だから、ずっと押し続けなければいけません。これが、燃え尽きる理由です。

Pullは、蓄積します。自分を整えておくことは、資産になります。一度整えた状態は、そこにあり続けて、自分が動いていない時間も働いてくれる。

——これは、一人で仕事をしている人間にとって、決定的な違いです。一人でPushし続けるのは、無理があります。手が二本しかないからです。でもPullなら、寝ているあいだも効いています。

ただし、Pullは「何もしない」ことではない

ここを間違えると、ただの受け身になります。Pullにも、やることはあります。

向ける方向が違うだけで、どちらも、ちゃんと仕事なんです。そして、28の法則は——ぜんぶ、Pullの技術です。

我慢をやめるのも、余白を作るのも、環境を整えるのも、相手を動かすためではなく、自分を整えるため。やることのリストではなく、自分の状態を上げるためのリストなんですね。

苦しく手に入れたものは、苦しく維持することになる

レナードは、こうも言っています。苦しいプロセスから生まれた成功は、維持するのも苦しい。

苦労して手に入れたものは、同じ苦労を続けないと保てません。そのやり方で手に入れた場所には、そのやり方で居続けることになる。だったら最初から、楽しめるやり方で手に入れたほうがいい。プロセスは、結果に持ち越されます。

28の法則のうち、私に効いたもの

『SELFISH』には、28の法則があります。全部は書きませんが、特に効いたものを挙げておきます。

いちばん驚いたのは、これでした

28のうち、私がいちばん驚いたのは、この法則です。

「自分を喜ばせる方法を、他者に示す」

自分の取扱説明書を、相手に開示する。「こうしてもらえると、うれしい」「これは、ちょっと苦手です」——それを、素直に伝える。

これ、日本人がいちばんやらないことだと思いませんか。私たちは、察してもらうのを待ちます。言わなくても分かってほしい。言うのは、はしたない。そして、分かってもらえないと、静かに不満をためていく。

でもレナードは、それは相手にとっても不親切だと言うんです。言われなければ、相手は分かりません。分からないまま、すれ違い続けることになる。伝えるのは、わがままではなく、相手への親切でもあるわけです。これは、目からうろこでした。

いちばん厳しい指摘

そして、この本でいちばん厳しいと思ったのは、ここです。

自分を犠牲にして人に尽くすのは、相手にも負担をかけている。

——これは、痛いところを突いています。尽くされた側は、うれしいだけではありません。どこかで、借りができた気持ちになる。無意識に、罪悪感を持つ。そして、返さなければいけない気がしてくる。犠牲の上に成り立つ優しさは、受け取る側にも、重さとして届いてしまう。

だから、順番を変える。自分が満たされて、勝手に溢れた分で人に与える。そうして与えられたものには、請求書がついていません。だから、相手は軽やかに受け取れます。

わがままと、自分本位は、正反対です

ここまで読んで、私なりに整理がつきました。この二つは、似ているようで、真逆です。

つまり、自分本位というのは、自分の人生の責任者になるということなんですよね。他人に主導権を渡さない。かわりに、文句も言わない。そう考えると、これはむしろ、いちばん人に迷惑をかけない生き方です。

「良い人」をやめる、ということ

レナードが本当に言いたかったのは、たぶん、こういうことだと思います。

世間のルールに従って「良い人」になるのを、やめる。徹底的に自分を満たす、潔い自分本位になる。それが結果的に、自分も周りもいちばん幸せにする。

私は、この考え方に賛成です。自分を後回しにして生きてきた人ほど、一度、逆をやってみるといいと思っています。

自分を満たすことは、誰かから何かを奪うことではありません。むしろ、渡せるものが増えます。そして——空っぽの人が無理をして渡したものより、満ちている人が自然に渡したもののほうが、受け取る側は、ずっとうれしいはずです。

【全リスト】アトラクション・プリンシプル 28の法則

せっかくなので、28すべてを載せておきます。レナードはこれを、4つのフェーズに整理しています。順番に意味があるので、上から読むのがおすすめです。

Phase 1 基礎の確保と浄化(土台作り)

まず、エネルギーの漏れを止める段階です。ここを飛ばして先に進んでも、うまくいきません。

  1. 信じられないほど自分本位になる(Become Incredibly Selfish):自分のニーズや感情を100%満たす。睡眠・食事・趣味を優先し、溢れた余剰分で他者に貢献する。
  2. 未完了や遅滞をなくす(Eliminate Delay):返していないメール、放置した家事、未解決の人間関係。「未完了リスト」を作り、片端から清算して頭のメモリを空ける。
  3. 何事も我慢しない(Tolerate Nothing):壊れた家具、不快な関係。微小なストレスの蓄積が引き寄せ力を奪う。我慢していることを10個書き出し、直す・捨てる・交渉する。
  4. あらゆる領域で超大な蓄えを築く(Build a Super-Reserve):時間・資金・エネルギーに巨大な余白を持つ。スケジュールの2割を常に空け、生活費の数ヶ月分を蓄える。
  5. パーソナルニーズを決定的に満たす(Satisfy Your Personal Needs):「承認されたい」「安全でありたい」という根底の欲求を隠さない。いま何を求めているか自覚し、自ら与える。
  6. 環境を完璧にする(Perfect Your Environment):部屋、道具、人間関係が未来を作る。居心地の悪い空間を整え、インスピレーションを受けるモノと人に囲まれる。
  7. 自分の最たる弱みを是認する(Acknowledge Your Weaknesses):弱点を隠すことに使うエネルギーをやめる。得意でないことは人に頼むか手放す。

Phase 2 自己の確立と魅力の構築(磁力を高める)

自分軸を立て、惹きつける力を身につける段階です。

  1. 自分の価値だけを軸にして適応する(Orient Around Your Values):世間の常識ではなく、自分のコアバリューで決断する。大切にする価値観トップ5を言語化して判断基準にする。
  2. 真実を認識し、語る(Speak the Truth):嘘や見栄、本音の隠蔽をやめる。思ってもいないお世辞をやめ、敬意を持って本音を語る。
  3. 自分の技能を極める(Master Your Craft):一流のスキルは、それだけで存在感になる。強みの領域を絞り込み、日常的に磨き続ける。
  4. 恥じることなく自分の才能を市場に出す(Market Your Talents):謙虚になりすぎない。提供できる価値を正当に評価し、必要な人に明確に届ける。
  5. 自分にとってたまらなく魅力的になる(Become Irresistibly Attractive):自分が自分を心から好きで、満たされている状態を目指す。外見・内面・環境のケアを怠らない。
  6. 必要以上に人格を磨く(Develop Character Beyond Need):スキルの高さだけでなく、人としての深みと誠実さを育む。誰も見ていない場所での行動と約束を徹底する。
  7. 自分の感情や感覚に敏感になる(Sensitize Yourself):違和感や直感を取りこぼさない。胸騒ぎ、胸の高鳴りといった体の感覚に意識を向け、直感に従う練習をする。

Phase 3 執着を手放し、流れを作る(引き寄せの発動)

力むのをやめ、余白を作って好機が入る「真空」を生む段階です。

  1. 未来から自分を解き放つ(Unhook Yourself from the Future):「こうならなければ」という結果への執着を手放す。目の前のプロセスそのものを楽しむ。
  2. 自分を前に引っ張る真空を創り出す(Create a Vacuum):空きを作ると、そこに新しいチャンスや人が雪だるま式に入ってくる。不要な関係やタスクを手放し、意図的に空き時間・空間を作る。
  3. あらゆるものをシンプルにする(Simplify Everything):複雑さはエネルギーを停滞させる。思考、所有物、プロセスを徹底的に削ぎ落とす。
  4. あらゆる出来事に過剰に対応する(Overrespond to Opportunities):チャンスが来たら迷わず動く。好機を感じたら24時間以内に大きなアクションを起こす。
  5. 約束していることを2倍にして届ける(Deliver Twice What You Promise):相手の期待を遥かに超える価値を提供する。予想を超えるスピードと品質で応える。
  6. 充実した人生を手に入れる(Get a Fulfilling Life):肩書や豪華な生活といった表面的な成功ではなく、心が満たされる生活を設計する。自分の「静かな幸福」を軸にする。
  7. 現在が本当にどれほど完璧なのかを見る(See How Perfect the Present Is):不足ではなく「すでに受け取っているもの」に目を向け、感謝する。

Phase 4 影響力と調和の拡大(成功の維持)

満たされたエネルギーを周囲に広げ、循環を生む段階です。

  1. 単に自分が喜ぶために価値を加える(Add Value for the Joy of It):見返りを求めず、役に立つことが楽しいから行う。得意領域で、周囲にサクッと手を差し伸べる。
  2. 他者に奥深く影響を与える(Affect Others Deeply):表面的な会話で終わらせない。相手の話を真剣に聴き、その人の可能性や強みをフィードバックする。
  3. 細かい部分を生きがいにする(Live on the Details):雑になりがちな細部に心を込める。言葉遣い、身だしなみ、お礼の言い方に情熱を注ぐ。
  4. 自分を喜ばせる方法を他者に示す(Show Others How to Delight You):自分の取扱説明書を開示する。「こうしてもらえると嬉しい」と素直に伝え、無駄なすれ違いを防ぐ。
  5. 無条件に建設的になる(Be Unconditionally Constructive):批判や愚痴をやめる。何が起きても「では、ここから何ができるか?」に意識を向ける。
  6. ビジョンを持つ(Hold a Vision):明確な未来を描く人が、自分と周囲をインスパイアする。ワクワクする理想の未来を描き、語る。
  7. もっと人間らしくいる(Be Human):完璧な超人になろうとしない。失敗や弱みも笑い飛ばしながら、等身大の人間でいることを楽しむ。

全部やろうとしなくていい

28と聞くと、多すぎると思うかもしれません。でも、全部を一度にやる必要はないと思っています。読んでみて、いちばん引っかかったものが一つあれば、それが今の自分に必要なものです。私の場合は、25番でした。

順番に迷ったら、Phase 1からで大丈夫です。土台の漏れを止めないまま先に進んでも、注いだ分だけ、また抜けていくからです。